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みりかの日記

日常ほのぼの系日記。になってるはず。

くだらない事を考えている時

あー、何か書きたい事がある訳でもなく、ぼーっと真っ白な画面を見つめてる瞬間って何なんだろうなー とくだらない事を考えていました。

 

本当は何か胸の奥に伝えたい言葉が、、!

ある訳でもないのです。

 

しかし、文章を作ることは何か自分の中で意味がある事なのではないかと仮定すると、考えられる事があります。

 

例えば、生産性のない日々がストレスという言葉を聞きます。

その言葉の通り、私も生産性のない日々を無意識にストレスに感じていて、文章を作るという生産をしたかったのではないか、、ということ。

 

要するに自己満足の為に書くということ、、、。

 

う、、、虚しい、、、

 

くだらない事は、ふーん、と流しておけばいいようです。突き詰めると何故か自己嫌悪が産まれました。

 

 

 

 

 

寝られない人がやりがちな事

昨日の夕方に数時間熟睡してしまった私は、夜寝られなかった訳です。一睡も出来ませんでした。

 

そしてそんな人間が何をしていたか簡単にあげましょう。

 

横になって目を瞑る。

やらなければならないことが浮かぶ。

。。。

欲しいものを考える。(現実逃避)

欲しいものは主に服と化粧品。

何か良いものはないか探す。(ネット)

はまる。

あかん。

 

目を瞑る。

布団が暑い。

。。。

何となく起き上がる。

SNSを見る。

 

あ、書類今日出さないとだった。

書く。

 

横になる。

 

 

もう朝。

 

寝たいです。本気で寝たい人がやりがちな事。(本気で寝たい人はやってはいけない事)

 

 

 

 

 

 

幸せ者

ひとりの時間になると自分のことを考えてみたりするんですけど、、それって大体寂しくなるやつですよね。多くの人もそう言う経験あると思うんですけど、、、。

 

わたしの場合、最近それを通り越してぼーっとしてます。早く寝ろって思います。

なんとなーく、Twitterを開いても見てるようで見てなくて、ぱーっとスクロールして終わります。

少し前までは、服が好きなので、こういう服が好き とか 着たい とか思ってたんですけど、今は全く、、、何も着たくないくらいの勢いです。

この状態は何なのか、、、

自分にすら興味がない

としか考えられません。

 

そして、自分に興味がない私は他人にも興味を持てず、Twitterを流し見(?)てるというところに落ち着きました。由々しき事態です。

 

しかし、そんなことを言ってる私はなぜぼーっとしているだけなのか考えてみると、

え、悩み事が特になくない?

免許センターが朝早くてお金もかかるしプレッシャー、くらいしかなくない?

と言うことしかないと気がついたので、幸せ者なんだと感じました。

 

何にも関心がないことには生活も豊かになることはないでしょうが、これでいいですね。

 

 

 

姉弟

 

4日ほど前から風邪をこじらせている私は、ついに高熱を出した。

 

風邪薬を飲むとすぐに熱は下がったが、その時、弟から「マンガ(タイトル)の出版社をみて」というメッセージが届いた。私はすぐベッドから起き上がり、続きが出ているのだろうと考えつつ、弟の言っていた本を探し、「角川」と短く返事を返した。そしてまた寝た。

 

しばらく経つとまた弟から「家にたこ焼きの粉ある?」と、今度は母親の様なメッセージが届いた。私はまた重い体を起こし、今晩はたこ焼きなのかと考えつつ、冷蔵庫の中にある粉を手に取って調べた。そしてすかさず「ない」とだけ返事を返した。

 

そして気づいた。病人に聞くような事ではないという事を。

出版社くらいスマホで調べた方が早いだろう、弟よ。

 

しかし私はなんのためらいもなく、苛立つこともなく、体を起こし弟に言われるがまま動いたのだ。甘い姉である。

 

夕方になると弟は帰宅し、タコとたこ焼きの粉を買って帰って来た。今日の晩御飯はたこ焼きだった。

 

晩御飯の後は弟が買って来たマンガの続編を読み(面白いからと薦められた)、また眠りにつく姉であった。

 

 

体力と免疫

私はこの半年間、全く運動をしていない。

 

そして数日前、ついに実感してしまうのである。

「これはまずい、体が思い通りに動かない。」

 

私の家からバス停までは歩いて8分のところにある。その日の私は油断していた。急いで準備をし、家を出たのは4分前。雨も降っている中全力疾走。

そして気づいてしまったのだ。「これのどこに疾走感があるのか。」ばたばた歩いている方に限りなく近かった。余裕だと思っていた4分をフルに使って走った。

そしてその後さらなる悲劇。バスにやっと乗れた私を襲ったのが足の裏の痛み。まさにそれは筋肉痛であった。数分ばたばた歩く事にすら限界だと、体は語りかけて来た。

 

私は4歳から中学3年生までクラッシックバレエをやってきていたので、体力には自信があった。19の春を迎えた私にはその体力は残っていないようである。自分の体力のなさに衝撃を受けた。

 

そしてその日、私は風邪をひいた。

数週間前に高熱を出したばかりだった。

体力の低下に加え、免疫力まで低下していた。体力がない私には免疫力もないようだ。

 

運動しよう。

と、漠然と考えてはいるが今の私にはどの運動もハードルが高い。

せめてウォーキングでも始めようと思う今日この頃である。

日常を切りとる

最近毎日ブログを更新してる。

と、とある人から報告されたので、私もその人を見習って日常のちょっとした事を載せようと思います。

 

今日は土曜日、駅から出る夜のバスに乗るとカップルの別れ際に遭遇します。

 

 

彼女はバスに乗り、席につくと、少し離れたところで見送ろうとしていた彼氏を指で呼びます。

 

彼女は窓をとんとんと叩き、指で「スキ♡」と書きます。

彼女は恥ずかしそうに揺れ、手で顔を覆います。

 

バスはゆっくり動き出し、彼女はもう一度窓に「♡」を書きました。

 

そしてその様子を二つ後ろの席でぼーっと見る私。平和だなあ。

 

みんな幸せならいいのに、と、たまに壮大な事を考える自分の心に出会います。まさにラブ&ピース。

 

彼女には彼氏がいて彼氏には彼女がいます。これだけでいいじゃないですか。

 

本当にそうなればいいのにな。

 

浮気や不倫で傷つく人がいない世の中になればいいのにな。

 

私が最後の乗客。もうすぐ家につく。

曲のよくある終わり方

まず始めに私はフジファブリックというバンドが好きです。

 

その中でも今日は、「曲のよくある終わり方なのに、、なんだこれ、、強烈」と思ったものについて書きたいと思います。 

 

今回のブログのタイトルである「曲のよくある終わり方」とは何かという説明からすると、、、

 

歌も演奏もピタッと止まる。

 

というとてもシンプルなものです、、汗

 

私がその様な曲を想像すると、勢いのまま終わると言ったような、「キレのあるスパッとかっこいい曲」を思い浮かべます。

 

皆さんはどうでしょうか、、私の例えに表現力がないですね、、、笑

 

そして私が紹介するのがまさにフジファブリックで、インディーズ時代の曲の「花屋の娘」です。

 

この曲は、電車の中でたまたま見かけた花屋さんで働く女の子と、自分との恋愛を妄想していく、、というとても変わった内容の歌詞です。

この歌詞についての面白さも沢山あるのですが、ミステリアスさや、不気味さ、ユーモラスな雰囲気が音で表現されています。

 

そしてこの曲は、「暇つぶしに駅前の花屋さんの娘にちょっと恋をした」の歌詞とその歌詞を強調する様にピタッと曲が終わります。

 

それは本当に、あっさりした終わり方なんですが、、じわじわと、「あれ、え、この人に何があったんだ」と不安になるくらい強烈な余韻を持たせてくれます。

 

この曲の他にも私が衝撃を受けた曲が沢山あります。

 

しかもこの曲をたまたま聴いていたからではなくて、何故か深夜の寝る前に突然思い出して書いています。

 

これがフジファブリックか、、、

 

ファンでした。